メイン州バンゴープール Maine Bangor pool


25年ほど前の初秋

故芦沢一洋氏とニューイングランドを取材した

自然界との共存、アウトドア哲学…ぼくは学んだ

I came here in autumn 20 yaers ago.
Coexistence with nature, outdoor philosophy, I learned.

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 アメリカ北西部のポートランドに向かうエグゼクティブクラスの座席で『黄昏』を見た。中年の映画ファンなら当然ご存じと思うが、ヘンリー・フォンダ扮するところの社会の一線を引退した老夫婦がニューイングランドの湖畔で残りわずかになった人生を見つめる感動的な映画だ。

 自分の中に焼き付いた若き日の残像と、歳老いて自分の思いどうりに動いてくれない肉体、そして心の空間をさ迷う意識。そんな自分自身の心と肉体の葛藤を、美しい森と湖とウォルターと名付けられた巨大なレインボートラウトを通して物語る映画だ。

 1982年の夏、ボクは創刊間もない「アウトドア」誌の取材のため、S編集長、芦澤一洋さんと共にメイン州を目指した。S編集長は「アウトドア」誌の産みの親でもあり、現在では釣りやアウトドア関連雑誌を専門とする出版社の社長。一方の芦澤一洋氏は「バックパッキング入門」や「フライ・フィッシング全書」の著者であり、日本のアウトドア・シーンの牽引役だった。

 当時はフライフィッシングの隆盛期だったように思う。だが、同時に高度経済成長に伴う乱開発で日本の河川環境が更に悪化の一途を辿る時期でもあった。多目的ダムや河川のバイパス化、スキーやゴルフ場開発、スーパー林道と称する暴力的な林道計画……。もちろんアングラーも指をくわえて見ていたわけではない。JFFの設立と共に多くのフライフィッシャーたちが環境問題や放流に目を向けていた。日本各地でのバイパートボックスによる発眼卵放流、河川の清掃ボランティア、漁協とのシンポジウム……。

 ボクも陰ながら北海道のダムで生態系の破壊された河川に多くの発眼卵を放流してきた。だが、そのほとんどが子孫を残すことなく姿を消してしまった。理由は言うまい。愚痴も言うまい……。

 さて、ポートランド空港から一路フリーポートのアウトドア用品の名門L.Lビーンを目指し、デイブ・フィットロックが校長を務めるフライフィッシング・スクールに体験入学した。デイブ・フィットロックは元科学者でフィットロック・フロッグ、フィットロック・ヘアーバグなど創造的なフライタイヤーでもある。

 3日間の講習は、釣りのマナーやエコロジーに関するフィットロックの半日に渡る講義から始まる。その後、キャスティングやタイイングと同時に、魚や水生昆虫の生態に関するスライド講義に多くの時間が割かれる。最終日にはポンドで実際の釣りを体験し、自然保護とキャッチ&リリースの重要性を教えられて終了する……