ヒンドゥークシュHindukush

スワート渓谷のその奥カラーム

ゲリラに脅えつつインダス源流部に潜入した。

リスクを恐れていては秘境のアングラーになれない

It is said that this area has several trouts.
Snow trouts, mountain trouts , golden trouts, and so on.

当サイトに掲載されている写真・文章等の無断使用は禁止します。

Copyright C 1996 ZAMMA MASAYUKI All rights reserved.

 ラーイ・ラハ・イララホ・モハマドール・アーリ・ルーラ……。凍てつく大気を切り裂くようにコーランの大音響が響き渡る。ここは、パキスタン北西山岳地帯、仏教美術の粋を極めたガンダーラ文明の拠点スワート渓谷だ。

 スワート渓谷は、チベット高原に端を発してカシミール地方からパキスタンのタール砂漠を縦断してアラビア海に注ぐ約2900キロの大河インダスの支流のひとつスワート川の浸食によってもたらされた渓谷だ。川沿いには、マラカンド、サイドーシャリフ、マディヤンなど、遺跡と歴史の宝庫ともいえる集落が点在し、今回、ボクは一番奥の小集落カラームに幻のトラウトを求めて旅立った。

 フンザ、ギルギット、カシミール、チトラル……。カラコルム山脈からヒンドゥークシュ山脈一帯は中央アジア屈指のトラウトの宝庫として知られている。英国人の行くところトラウト有り、米国人の行くところブラックバス有りといわれるが、この地のトラウトも英国統治時代の置き土産。つまりはヨーロッパから移入されたトラウトである。だが、この地方には学術的に証明はされていないものの、トラウトの原生種が生息しているとの噂もある。

 ある文献には1893年に英国人のサー・ジョージ・クッケリルがカシミール調査中にフンザ川の支流でスノートラウトを捕獲したと記述されているし、別の文献にはベルトロ氷河のビアホ川で魚の隠れている岩に石を叩きつける石打漁でマウンテントラウトが大量に捕れたと記録されている。さらに、フンザ地方の氷河湖には黄金色に輝くトラウトが生息する、などと記述された古い文献もある。

 学説では東南アジアにおける野生トラウトの南限は台湾の大甲渓に生息するアマゴに似たサクラオマスで、そこより西にトラウトはいないとされている。だが、探検家たちの記録を読む限り中央アジアの山岳地帯に野生のトラウトが生息していた可能性を否定できないのである。

 7月初旬、ボクは「アフガンゲリラや山岳民族が頻繁にトラブルを起こすので身の安全は一切保証しない」との、パキスタン政府当局の忠告にも耳をかさず、フライロッド片手にオンボロ・ワゴンを乗継ぎカラームの集落に足を踏み入れた。途中、自動小銃を構えた軍隊の検問ゲートが何カ所もあり、荷物や書類を徹底的に調べられるなど、臨戦態勢ともいうべき緊張がみなぎっていた……