「Salmon capital of the world」カナダのキャンベルリバーはそう呼ばれている。キング、シルバー、レッド、ピンク……。なにせブリティッシュコロンビア州のスポーツフィッシングで捕獲されるサーモンの八割がキャンベルリバー周辺。
商店のオヤジも、モーテルの管理人も、木工場の職人も、ほんの少しでも時間が空くとキャンベル川の岸辺かマリーナに向かって車を走らせる。ここでは物心ついたその時から父の背中で釣りを覚え、ボートのスロットルレバーを握り、リールを巻くことを覚える。
なにせ、人口3万5千人に満たないキャンベルリバーの周辺だけでも、パートタイマーを含めると200人以上のフィッシングガイドがいる。
キャンベルリバーがサーモンの宝庫として世界に君臨するには訳がある。それは、氷河の作り上げた複雑な海岸線と北極海からクイーン・シャーロッド島を通過してくる海流。そして樹齢数百年のダグラスファーやレッドシーダーなどの原生林のもたらす豊かな栄養源があったからだ。
ときには17ノット以上もの潮流が渦を巻くジョンストン海峡。岩礁に根を張る昆布の森。その昆布を揺りかごとするプランクトンや小魚たち。その小魚を食料とするサーモン、ハリバット、タラ……。太古から続く完璧なまでの食物連鎖がサーモンを育むのだ。
逆光にきらめく下流の右岸にはアングラーが点々と並んでいる。黄金色に輝くメイプルとオレンジ色の夕焼けが川面を錦に染め、黒い影が揺れている。黒ずんだ魚体に他を圧倒するような大きさ。間違いなくキングサーモンだ。
橋脚の脇では3人のフライフィッシャーが膝までウエイディングして流心にキャストを繰り返している。フライがキングサーモンの鼻先をトレースする様子が手に取るように見えるが、何の反応もしない。今回のキングサーモンは手強いのかな、なんて思ったそのとき、3人組のひとりがのけぞり、流れに乗って緩やかにカーブしていたフライラインが一直線に伸びた。
ラインの先端で、黒い影が今まさに流心に向かって全身の筋肉を緊張させているのが伝わってくる。
走った。助走なんて無し。一気にトップスピードだ。フライラインが下流に向かって猛烈な勢いで出ていく。ロッドはグリップから伸びきってしまい、腰が曲がりかけた古老のフライフィッシャーは為すすべもなく、河原の倒木にへたり込んだ……。
こうなるとじっとしていられない。どでかいキングサーモンのレプリカをぶら下げたタックルショップで一週間分のライセンスを買い込み、先ほどの橋に戻る。陽はかなり傾き、水面がオレンジ色に輝いている。アングラーの数もだいぶ少なくなり、先ほどの3人組も姿が見えない。とりあえず橋の下でキャスト開始。ロッドは20年以上愛用しているオービスのナイン・バイ・ナイン。
流れに対してクロスダウンで探る。水が重く冷たい。ゴアのライトウエイダーから冷気が染み込んでくる。そろそろタイムオーバーかな、などと思いつつメンディングをかけた瞬間、ラインが水面を切り裂き、ロッドに衝撃が走った。
ドラッグが悲鳴を上げる。ノブを思いっきり締め付けるが、すでにバッキングラインが20メートルほど引き出されている。ラインの先で黒い魚体が水面に躍り出た。大きい。アラスカやカナダで何度もキングサーモンを釣っている。はっきり言って百本は下らない。だがしかし、いつものことながらキャンベルリバーのサーモンは半端じゃない。おまけに、河原の石が滑りやすく、サーモンを追って下るのも至難の業……