「大地の果て」。カナダ南西部に位置するガスぺ半島の地名の由来となったミックマック・インディアンの言葉の意味だ。
セント・ローレンス川河口に沿って突き出たこの半島は九州と同等の広さを持ち、今世紀初頭まで陸の孤島だった。現在でも大地のほとんどが深い森と湖に覆われ、フランスのブルターニュ地方から入植した住民たちが古い伝統にのっとった生活を営んでいる。12月から4月までの氷に閉ざされた長い冬が終わると、ガスぺ半島はメープル(砂糖カエデ)の目の覚めるような新緑に覆われる。そして六月になると大西洋の荒波を乗り越えたアトランティックサーモンが故郷の川に遡上を開始する。
1534年7月24日、ガスぺ半島の突端に到着したフランスの探検家ジャック・カルチェが、この地はフランス王の領土であると宣言した。いや、そのはるか以前から森林地帯インディアンのアルゴンキン語族たちが住んでいたのだから、この地を不法に占拠したというべきか。ともかく、その日以来フランス移民たちは良くも悪しくもヨーロッパ以上にヨーロッパ的といわれる独自の文化圏を築き上げた。
ボンジュール、オー・ルヴォワール……。セント・ローレンス川流域からハドソン湾流域一帯を占めるカナダで最も広いケベック州の公用語はフランス語。もちろん住民もフランス系で、同じカナダでありながら英国系住民が大半を占めるブリティッシュ・コロンビア州とは言語、文化、街並み、住民気質……。何から何まで違う。ともかく、そんなケベック州でアトランティック・サーモンに挑んだ。
ボクは北米大陸で最も歴史のあるケベック市の観光局で、抱えきれないほどの観光資料を渡される。案内係があまりに無愛想だったので、ついつい、「日本から取材で来たんですけど……」と口を滑らせてしまい、そのあげく二重にした紙袋が張り裂けそうなほどのパンフレットを貰うはめになったのだ。
地域ごとに分類されたパンフレットは英語とフランス語のバージョンがあり、カラー写真付きの豪華版。その懇切丁寧な内容はガイド・ブック顔負けだ。そんなパンフレットから、地図と釣り場情報をピックアップして国道132号線をセント・ローレンス川に沿って東方に向かう。目指すは、ガスペ半島の付け根にあるマタペディア川。距離にして600キロだ。途中のラズベリー畑に囲まれたキャンプ場で一泊し、さらにセント・ローレンス川を左手に見ながら走ること半日。やっとマタペディア湖の南岸の街アマクイに辿り着いた。そこからはマタペディア川に沿って南下する。
木の葉の間から河原のフライフィッシャーがチラホラ見える。番号札の表示された道端には一見してアングラーの車と分かるピックアップ・トラックが停まっている。冷静沈着を装いつつも、じわじわと昂揚してくる自分が分かる。すぐにでもロッドを出したいが、ライセンスを入手しないことには始まらない。とにかくサーモン・フィッシングのベースとして名高いコーザプスカルのキャンプ場に向かって車を飛ばす。
テントを張り終え、さっそく観光案内所に飛び込んでマタペディア川での釣りのレギュレーションやライセンスについて英語で尋ねる。だが、悲しいかな担当者はフランス語一辺倒。まるっきり通じない。それどころか理解しようともしてくれない。
備え付けのライセンス購入者リストには、カナダ本土は勿論のこと、ドイツ、フランス、アメリカなど、世界各地の名前と住所が書かれている。外国人のアングラーがわんさか訪れているのである。全ての言葉に対応するのは無理としても、せめてカナダの公用語のひとつである英語を話せるスタッフを一人くらい常駐させてほしいもの。ま、これもケベック地域をフランス語圏として独立させろ、などと大騒ぎする頑固なフランス人らしいことではある。ともかく大きな看板に記されたサーモンの遡上データに気分を昂揚させつつ4日分の非居住者用ライセンスを買い、キャンプ場に引きあげる……