メシアナ島(ブラジル)
Mexiana Is.
 
 
南米ブラジル、アマゾン河口部に浮かぶメシアナ島
そこに潜む世界最大の肺魚ピラルクー
体長3メートル体重200キロ・・・
竿で釣ることは不可能とされた伝説はついに破られた!
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 ピラルクー。その名前を初めて目にしたのは1978年に刊行された故開高健氏の「オーパ!」(集英社刊)だった。最大体長3メートル、体重200キロ。鱗のある淡水魚では世界最大。頭は鋼鉄のごとく、鱗は大工のヤスリや美女の爪磨き、舌はオロシ金、尻尾はワニなみのパワー……。それが一億年の昔からその姿を変えることなく生き抜いてきたアマゾンの主ピラルクーなのである。
 今回、そんなピラルクーに挑む機会があたえられた。きっかけは昨年のブラジル取材でリオデジャネイロ在住の日本人と出会ったこと。サイデーラ中内、43歳。大学で考古学を専攻し、日本の古代史を研究する傍ら20年前に北米から南米まで徒歩旅行。その時に肌身離さず持っていたのが文庫本の「オーパ!」。そして彼はその「オーパ!」の熱病に取り付かれたかのようにブラジル各地をさ迷い、10年ほど前についにブラジルに永住を決めた。ちなみにサイデーラとは「もうイッパイ」なんて意味である。彼の経歴はともかく、夢を追い求めるアングラーの常として出会った瞬間から意気投合。ブラジルの地酒ピンガを酌み交わしながら「開高さんの無念を晴らそうではないか、ピラルクーを釣り上げようではないか!」などと盛り上がった。
 年が明けて今年3月。サイデーラ中内から一通の電子メールが飛び込んできた。
「ついにピラルクーが釣れる場所を発見、今すぐロッドを抱えて来い!」と。今すぐと言われても、ブラジルは遥かに遠い。ましてブラジル在住10年を越えるアングラーの話とあっては、素直に信じる気にはなれない。「釣りの話をするときは両手を縛っておけ」なんて言われるが、中でもブラジル人の自慢話はとてつもなく大きい。だがしかし、たとえ数パーセントでも可能性あれば現地に赴くのが辺境地アングラーを自認するボクの信条。フライとルアーのタックルを抱えて成田に向かった。
 成田からサンパウロまではロサンゼルス経由で約20時間。そこからマットグロッソ州に立ち寄ってフォーゴ(炎)と呼ばれるオレンジ色のツクナレ(ピーコックバス)や100ポンドラインを一気に引きちぎる巨大なナマズと格闘し、いよいよベレンから双発セスナでピラルクーの聖地メシアナ島に向かった。
 眼下に広がる紅茶色のアマゾンは、大河というより濁った海と言った感じで、途方もなく広く、そして流れてくる流木などの固まりも、まるで小島のようである。子犬をひと呑みにする大ナマズ、わずか数分で子牛を骨だけにしてしまうピラニア、屈強な大人3人がかりでも引き上げることの出来なかった巨大ピラルクー……。魚に関するアマゾン話は多々あるが、どれもほら話だ、嘘だ、などと決めつけられない壮大さである。
 そうこうしている内にセスナは徐々に高度を下げ、スコールの痕もなまめかしいメシアナ島のプライベート飛行場に降り立った。メシアナ島は赤道直下のアマゾン河口部に位置し、面積は10万ヘクタール。ピラルクー釣りのベースとなるマラジョ・パーク・リゾートは島の約3分の1、約3万8千ヘクタールを所有している。オーナーはセリンゲイロ(ゴム採集)から身を立てたという立志伝上の一家で、海運業などで財をなしてからこの島のピラルクーに着目し、土地を買い求めたという。
    *     *
 メシアナ島には太古の昔からピラルクーが生息していた。内陸部にあるラーゴ(湖)で子育てをしていたのである。だが、乾期になると水位が3〜4メートルも下がり、逃げ遅れて死んでしまうピラルクーが年間1万5千〜2万匹もいたという。当初は逃げ遅れたピラルクーをトラックに積み込んでアマゾン本流まで運んでいたそうだが、その後、ラーゴとアマゾン本流を繋ぐカナウ(水路)を掘ることで、乾期でもピラルクーは自由に往来できることとなった……
 
協力/ツニブラトラベル・ヴァリグブラジル航空
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